INTERVIEW:川久保玲 言いたいことは全部 洋服の中にある 1992年
言いたいことは全部 洋服の中にある
i-D JAPAN 1992年4月号 に掲載された川久保玲氏のインタビューです。
コムデギャルソンのデザイナーであり社長である川久保玲。「観る人の価値観を問うものを創りたい」と語る彼女は、洋服で精神を表現する。破壊的で乱雑な東京で、静かで瞑想的なファッションを創造するデザイナーだ。
川久保玲は1942年に生まれ、東京で育った。64年に某繊維メーカーに入社し、67年に独立。そして70年代の初め、東京の原宿に小さな仕事場を構え、コムデギャルソンの名で自分の服を売り始めた。
「今もそうですが、あの頃私も周りで一緒に働いている人々にいつも力づけられていました。当時の私の目標は、デザイン活動よりもむしろ自分自身の力で何かを為すということにありました。独立した人間として働くことが私にとって最も重要と思われたのです。その仕事が偶然ファッションの世界にあったというだけのことです。自分の名前を売るつもりはなかったので、ブランドネームに自分の名前は付けませんでした。コムデギャルソンという言葉は、その響きが好きで選びました。その頃の私には、今のようにコレクションを開くなどということは想像もできませんでした」
川久保の作品は、10年前にパリで発表された簡素なモノクロームのラインから徐々に発展してきている。地球文化の結合を表現した今シーズンのコレクションでは、インドのエレガンスと日本の形式美と西洋の伝統をミックスし、切り刻んだトレンチコートやベンツをカットしたジャケットなどを発表した。
「今回は、今までより精神的な表現を目指しました。構成にあたってはまず、自分が創りたいものの抽象的な概念と漠然とした感覚を基に、さまざまなテクニックでの表現を試みます。今回は民族的なテイストと精神的な要素を結び付けようと思いました」
変化を続ける感覚を表現する
テキスタイルデザイナー松下弘は、コレクション毎に糸の段階から素材のプレゼンをする。またショーの音楽を担当する桑原茂一も、リハーサル中まで曲の差し替えに余念がない。川久保と組んで仕事をしている人々は、彼女のコンセプトを余すところなく表現することに腐心し、時間が許す限り改善の努力をする。
川久保はある特定の人間を思い描いてデザインしているのではない。「ファッションは着る人の人間性を包含するものです。それは常に政治や経済と密接に関わっており、変化し続けているので私は退屈しません。美しさや格好良さに対する感覚は人それぞれです。私の感覚も常に変化しています。だから私には美とは何かという確固たる定義がないのです。ショーのモデルには、強くて自立した人を選びます。人によっては彼女たちを嫌うかもしれませんが、私はそういう女性が好きです」
川久保の関心は永続的な価値を創造することにある。しかしそれは今日の消費社会の逆説でもある。
「私の作る洋服は高価ですが、それは特別の生地を作って、あらゆるディティールにまで確かな技術を追求した結果そうなるのです。3着の洋服を買う代わりに、どうしてそのお金で1着買ってそれを楽しもうとしないのでしょう。世の中には不必要なものが多すぎます。この会社がたくさん洋服を作らなくても経営がうまくいくように願う一方で、人々の価値観が変ればいいとも思います」
コムデギャルソンの存在意識
川久保の特徴は物静かなこと、自制心が強いこと、それから男社会にあっても自身に満ちていることである。
「静寂はとても大切です。ひとりでいる時、私はとてもリラックスしています」
——東京に静かな所はありますか?
「本当の静けさはありませんが、朝は落ち着いています」
——世界中でどこが好きですか?
「歴史的、文化的な背景をもった場所に魅せられます。それから大きな木の下も好きです。だからパリでは通りを歩いているだけで心地よくなります」
日本社会は秩序だった保守性と乱雑さを兼ね備えており、その中心にある東京は破壊的であると同時に刺激も多い。このように混沌とした状況の中で、秩序や瞑想的な静けさを創造することは大きな意味を持つ。そして、これこそがコムデギャルソンというブランドに明確な存在意義を与えている。
「私は観る人の価値観を問うコレクションを創りたいと思います。話さなくても洋服を見れば私のことが分かります。言いたいことは全部、洋服の中にあるのです」
——毎年たくさんのラインを発表し続けていますが、プレッシャーを感じることはありませんか?
「そんな時は『きっとやれる』と自分に言い聞かせます。中途半端や軽薄なことは大嫌いです。コレクションの度にこれが最後かもしれないと思います」
——将来の夢はありますか?
「いいえ!あなたにはあるんですか?」
(文中敬称略)
テリー・ジョーンズ=インタビュー・文
石川れい子=翻訳
i-D JAPAN 1992年4月号
デザイナー:川久保玲(Rei Kawakubo)